介護業界に未経験で入ってみて、最初にぶち当たった壁。 それは「言葉」でした。
日常会話ではまず耳にしない独特の専門用語が、現場では当たり前のように飛び交っています。
今回は、私が介護職として働き始めて最初に「えっ、何それ?」と戸惑った介護用語を5つ紹介します。
ついでに、ネットで検索すると出てくる「教科書通りの綺麗なアドバイス」と、現場のリアルなボヤキも少しだけ添えておきます。
1. 頓服(とんぷく)
現場で「〇〇さんに頓服飲んでもらって!」と初めて言われた時、頭の中にハテナが浮かびました。 漢字で書くと「頓服」。ますます意味がわかりません。
これは「症状が出た時にだけ飲む薬」のことです。熱が出た時の解熱剤や、夜眠れない時の睡眠薬などがこれにあたります。
うちの施設のマニュアルには「医師の指示に従い、落ち着いて服用させましょう」なんて書いてあります。
でも、現実の現場では「どうにもならない時の最終カード」として切る場面がほとんどです。 しかも、飲ませても全く効かずにあっさり貫通されることすらある、なかなか手強いアイテムです。
2. 移乗(いじょう)
先輩からの申し送りで「〇〇さん、移乗の時に気をつけて」と言われた時のこと。 「異常?」と、どこか具合でも悪いのかと焦りました。
正解は「移乗」。 ベッドから車椅子へ、車椅子からトイレへなど、乗り移る動作のことです。
ネット記事で「移乗のコツ」を調べると、「利用者さんに優しく声をかけ、安心感を与えてから動かしましょう」と書いてあります。
もちろん声かけは大事ですが、それだけで持ち上がるなら誰も苦労しません。 実際は、自分の腰を壊さないための「物理的な技術と重心の移動」がすべてです。綺麗な言葉だけでは、40代の腰は守れません。
3. 臥床(がしょう)
「〇〇さん、今臥床されています」 最初、全く聞き取れませんでした。「合唱?」とすら思いました。
意味はシンプルに「ベッドに横になって寝ている状態」のことです。 ちなみに、起き上がることは「離床(りしょう)」と言います。
「寝てます」「起きてます」で通じそうなものですが、記録にはしっかり「臥床」「離床」と書かれます。
ただ横になっているだけなのに、漢字二文字で書くと少し専門家ぶった気分になる不思議な言葉です。
4. 傾眠(けいみん)
字の通り「眠りに傾いている」状態。 リビングの椅子に座ったまま、テレビを前にしてウトウトと居眠りをしている状態のことです。
介護マニュアルを見ると、「昼夜逆転を防ぐために、傾眠が見られたら積極的に話しかけて目を覚ましてもらいましょう」と書いてあります。
でも、現場から言わせてもらえば、気持ちよくウトウトしている人を無理やり起こすと、十中八九、機嫌が悪くなります。 下手をすれば後述する「不穏」につながる地雷行動です。
静かに寝てくれている時は、変に手を出さずそのままにしておく。これが現場のリアルな平和の保ち方です。
5. 不穏(ふおん)
個人的に、介護現場で一番インパクトのある言葉がこれです。 「今日、〇〇さんちょっと不穏です」
スタッフ間でこの言葉が出た瞬間、フロア全体にスッと緊張感が走ります。 意味は「気分が落ち着かず、そわそわしたり、怒りっぽくなっている状態」のこと。
ネットで「不穏 対応」と検索すると、「ご本人の不安を受け止め、共感し、寄り添いましょう」という、耳障りの良い言葉が並んでいます。
でも、怒り出したり、出口に向かって歩き出したりしている人に、悠長に「共感」している暇なんてありません。
誤解のないように言うと、ネットに書いてある「寄り添う」という対応は、間違っていません。 スタッフが大勢いる「理想の環境」なら、きっと有効なのでしょう。
でも、限られた人員、ましてや夜勤の「ワンオペ」状態ではどうでしょうか。 一人の人に30分つきっきりで手を握っていたら、その間に他の方が転倒するかもしれません。
「物理的にそのカードは切れない」という、人員配置の現実。 「寄り添う」なんていう綺麗な言葉の裏には、現場のもどかしい体力勝負が隠れています。
専門用語に染まっていくことの「怖さ」
最初は「なんでこんな難しい言い方をするんだろう」と戸惑っていた私。
でも不思議なもので、毎日現場にいると、気づけば自分でもスタッフ間で、 「〇〇さん傾眠なので、臥床していただきますね」 なんて、ごく自然に口にするようになっています。
ただ、この「専門用語に慣れる」ということには、少し怖さも感じています。
例えば、先ほどの言葉。 「〇〇さん傾眠なので、臥床していただきますね」と言うと、なんだかただの「業務タスクの処理(モノの移動)」のように感じませんか?
でも、これを「〇〇さん眠そうなので、少し横になってもらいますね」と言い換えるだけで、スッと温かい響きに変わりますよね。
記録上や申し送りでは、どうしても効率的な専門用語を使わざるを得ません。 でも、それを口にする時、自分の脳内で「眠そうだから休んでもらおう」という温かい人間の言葉に変換できているかどうか。
言葉が記号化し、この「脳内変換」をサボるようになると、目の前にいるおじいちゃん、おばあちゃんを「一人の人間」ではなく、「処理すべき対象」として見てしまう危険があります。
介護業界の闇として、亡くなることを「ステる」と呼ぶような、倫理観が崩壊した現場の話を聞くことがあります。 それはきっと、こうした「日常の言葉の記号化とタスク化」が行き着いた果ての姿なのではないでしょうか。
便利な専門用語を使う裏側で、目の前にいるのは血の通った人間だという「当たり前の脳内変換」だけは、絶対にサボらずに続けていきたい。
40代で飛び込んだ介護の世界で、専門用語に染まりつつも、ふとそんなことを自分に言い聞かせる今日この頃です。
追伸:
こんな偉そうなことを書いておきながら、今回挙げた用語はほとんどが初任者研修で習ったはずのことでした。
現場の忙しさにかまけて、大事な中身がすっかり抜けてしまっていた自分に、書きながらハッとしています。
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