こんにちは。40代バツイチ介護職のよしほにです。
介護の仕事をしていると、日々の業務に追われてつい心に余裕がなくなってしまう瞬間があります。「いかに効率よく回すか」「いかに自分が楽をするか」……そんなことばかり考えてしまう自分に気づいて、自己嫌悪に陥ることも少なくありません。
でも先日、グループホームでの入浴介助中に、ある利用者さんの行動を見てハッとさせられました。
今回は、認知症になっても決して消えることのない「人としての本当の優しさ」について、私が現場で学んだお話をさせてください。
アカスリタオルで「股」を洗わなかった理由
ある日の入浴介助でのこと。
その利用者さんはご自分で体を洗うことができる方なので、私は見守りながらサポートをしていました。
ご自身の体を丁寧に洗っていく利用者さん。しかし、なぜか股(陰部)の周りだけ、手に持っているアカスリタオルを使わずに洗うのをためらっている様子でした。
不思議に思って「どうしましたか?」と声をかけると、こんな言葉が返ってきました。
「これ、みんなが使うやつでしょ? 汚したら次の人に悪いからね」
実はそのアカスリタオル、施設が用意した共用のものではなく、ご家族が用意してくれた「その方専用」の持ち物だったんです。
認知症になっても、根っこの「思いやり」は奪われない
認知症による記憶障害で、それが自分の持ち物だという認識がすっぽり抜け落ちてしまっていたんですね。
ただの「勘違い」と言ってしまえばそれまでかもしれません。
でも、私が深く胸を打たれたのは、「これはみんなで使うものだから、自分が汚してはいけない」という、他者への気遣いがごく自然に行動として表れていたことです。
認知症が進行すると、昨日の晩ごはんを忘れたり、家族の顔がわからなくなったりと、さまざまな記憶が薄れていきます。
それでも、その方の心の奥底にある「見えない誰かを思いやる優しさ」や「気遣い」は、病気になんて絶対に奪われない。しっかりとそこに残り続けているんです。
ずるく楽をしようとする自分への戒め
最近の世の中は、なんだか「自分さえ良ければいい」「いかに損をせずに楽をするか」といった空気が蔓延している気がします。恥ずかしながら、私自身も仕事に疲れると、つい自分中心な考え方に傾いてしまうことがあります。
そんな中で、自分の記憶が曖昧になって不安なはずなのに、次に使う見知らぬ誰かのために配慮ができる。これって、本当にすごいことだと思いませんか?
「こういう思いやりのある人間でありたいな」
利用者さんの背中を流しながら、私は静かにそう思いました。
まとめ
介護の仕事は、たしかに体力勝負で泥臭いことも多いです。
でも、こうした「人間の本質的な温かさ」に直接触れることができるのは、この仕事ならではの特権かもしれません。
最新のAIがどれだけ賢くなっても、こういう理屈抜きの「人間らしい優しさ」は絶対に学習できないだろうな、なんて思いながら、今日も私は出勤しています。
あなたが最近、誰かの優しさに触れてハッとしたのはいつですか?
もしよかったら、コメント欄で教えてもらえると嬉しいです。
■ おまけ:利用者さんの肌を守る「優しいタオル」
ちなみに、今回のお話に出てきた利用者さんが使っていたような「マイタオル」をご家族に頼まれたとき、私が個人的によくおすすめしているのが、肌に優しいシルク製(または綿100%)のボディタオルです。
高齢の方の肌は本当に薄くて乾燥しやすいので、ナイロン製のゴシゴシ洗えるタイプだとすぐに傷ついてしまいます。
もし、ご自身の親御さんの介護などでタオルを探している方がいたら、こういった天然素材のものを選んであげてくださいね。少しお値段は張りますが、肌トラブルが激減しますよ!
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